独立してから、私は「余白のある暮らし」を意識するようになりました。サラリーマン時代は、予定を埋めることが安心につながっていましたが、今は、予定が空いている日こそ、心が静かに整っていくのを感じます。 余白があると、世界の細部がゆっくりと語りかけてきます。朝の光の角度、土の湿り気、家族の声、散歩道の風の匂い、季節の移ろい。どれも以前は気づかずに通り過ぎていたものばかりです。...
陶芸を始めたばかりの頃、私は「形をつくろう」と必死でした。頭の中に理想のイメージを描き、その通りに手を動かそうとする。けれど、思い通りにいかないことの方が多く、土は私の意図を軽々と裏切っていきました。 しかし、ある日ふと気づいたのです。土は、私の“考えた形”ではなく、“今の私”を映しているのだと。 焦っている日は、土も落ち着かない。迷っている日は、形も揺れる。逆に、心が静かな日は、自然と穏やかな曲線が生まれる。 その瞬間、私は初めて「形はつくるものではなく、出会うものなのかもしれない」と感じました。...
数字に囲まれたサラリーマン時代、私はいつも「埋まっている感覚」の中にいました。予定表は隙間なく埋まり、成果指標は常に更新され、人生は“計画通りに進めるもの”だと信じ込んでいました。 けれど、心のどこかで、静かにざわつくものがありました。「本当に、この通りに生きていきたいのだろうか」その問いは、忙しさの隙間から顔を出しては、また押し込められていきました。 そんな私にとって、陶芸教室で過ごす時間は、唯一“時間の流れが変わる場所”でした。土に触れると、思考が静まり、自分の輪郭がゆっくりと浮かび上がってくるような感覚がありました。...