数字に囲まれたサラリーマン時代、私はいつも「埋まっている感覚」の中にいました。
予定表は隙間なく埋まり、成果指標は常に更新され、
人生は“計画通りに進めるもの”だと信じ込んでいました。
けれど、心のどこかで、静かにざわつくものがありました。
「本当に、この通りに生きていきたいのだろうか」
その問いは、忙しさの隙間から顔を出しては、また押し込められていきました。
そんな私にとって、陶芸教室で過ごす時間は、
唯一“時間の流れが変わる場所”でした。
土に触れると、思考が静まり、
自分の輪郭がゆっくりと浮かび上がってくるような感覚がありました。
あの頃の私は、余白を「逃げ」だと思っていました。
立ち止まることは、遅れること。
迷うことは、弱さ。
そう信じていたのです。
しかし、陶芸を続けるうちに気づきました。
余白とは、空白ではなく、可能性そのものだということ。
器をつくるとき、形を決めすぎると、作品は息苦しくなります。
逆に、少しの余白を残すと、
そこに光が入り、空気が入り、
作品が“生き始める”瞬間が訪れます。
人生も同じなのだと思います。
余白を持つと、
自分が本当に大切にしたいものが見えてきます。
押し込めていた問いが、静かに姿を現します。
そして、未来の方向が、少しずつ輪郭を帯びてくるのです。
私が会社を辞め、陶芸家として独立する決意をしたのも、
余白の中で見つけた“本来の自分”の声を無視できなくなったからでした。
余白は、逃げではありません。
余白は、未来の入口です。
もし今、あなたの中に小さなざわつきがあるのなら、
それは「新しい自分が生まれようとしているサイン」なのかもしれません。
立ち止まることを恐れず、
余白を持つことを許してみてください。
その静けさの中で、
あなたの輪郭も、きっとゆっくりと浮かび上がってくるはずです。